自信があるから怒る、とは限らない

よく怒るから、ではなく、よく怒られるから、読んでみたいと思いました。

この本は主にADHDの方を対象に怒りのコントロールの方法を説くだけでなく、家族等の周囲の方のための対処法も記載されています。絵や図式が多いのが特徴で、第1章がいきなり「怒りを大爆発させないための応急措置」から始まっているのが示唆的です。その後で序論に戻って怒りの効果(というより弊害)を説く、という筋立てになっています。

怒りの前に「不安」や「妬み」「恨み」といったタネとなる感情がある、といった普遍的な怒りの発生のメカニズムを紹介すると同時に、ADHDは「感情のコントロールや客観視が苦手」と指摘し、ADHD特有の心の動きにも着目しています。

この本で私が得た最大の気づきは「怒る=自信がある、と誤解されやすい」ということでした。なんでこんなに怒られるのだろう、と思っていたのです。妻の行動は単なるヒステリーとも思えず、なんらかの確信のもとに私を非難しているのだろう、と思っていました。そうではなく、怒りっぽい人は自信がないのに自信家と見られがちであり、このギャップと周囲の対応がさらに落ち込みの元になる、と著者は指摘します。

なにか私が妻を怒らせる事をやったとすると、本人は(自信満々そうに)それは違うと「指摘する」。そう、本人は怒っていると思ってないのです。論理立てて説明しているだけだ、と。一方こちらは否定されてますから、本人がどう思おうと怒られたと感じる。よくある話なのかもしれませんが、残念なことです。

その背景には「価値観」の問題があるような気がします。つまり、自分の当然が他人の当然とは限らない、ということです。これは、妻とのやりとりの中でよく感じます。ここで著者が指摘する要注意ワードは「べき」「せっかく」「はず」の3つ。中でも「べき」はある意味自分の中でのルールを規定する言葉です。自分のルールが他人と同じとは限らない。これがつい、頭から飛んでしまう。さらに

自分のよいところより、正しいことを追求しがち
目標やルールを決めるときは、世間的に正しいとされていることを重視しがちです。しかし、目標を守ることが自分を伸ばすとは限りません

この本はADHDの方を対象に書かれた本ではありますが、ADHDでなくても「自分らしくする」という軸が定まらないと、このように自分で思い込んだ「べき」に自分自身が縛られ、さらに動きにくくなる、というよろしくないループになりがちのような気がします。そして、それが「怒り」につながって他人に影響を及ぼしかねない。

このループを抜け出すのはなかなか難しい。本当に難しいと思います。やはり、自分に合った小さい目標を設定し、それをクリアすることをきっかけにして自信を回復するしかないのかもしれません。

子育ての人のMP戦略?(2)

前回の続きです。

「働く人のMP戦略」
https://note.mu/nokiba/m/m3221b02820a1

実は当の連載の中でも「MP」の厳密な定義がなされないまま議論が進む、という不思議な連載なのですが、気力面等を含めた広い意味での「体力」ととらえてまちがいなさそうです。で、わたしの妻や、ふたりいる子どもの一方はADHD的な傾向があり、すごく簡単に言うと基礎の「体力」が明らかに人並みより少なくて疲れやすい。そこを突破するにはどうすればいいか?という面でも、この連載を楽しみにしています。

最近の連載で、倉下さんが方策として、以下の4つをあげています。

1,MPを底上げする
2,MPの無駄遣いを避ける
3,適切にMPを使えるようにする
4,MPを回復させる手段を持つ

1,はやはりかなり大変です。普通の人でも大変であり、ADHDの方に至ってはそもそも普通レベルに引き上げるのが(脳の特性上)不可能か、薬の力でなんとか引き上げているという状態です。

したがって、2,がかなり重要なファクターになるでしょう。妻は、その気が散りやすいという特性上、言ってみれば常時無駄遣いをしやすいですし、特になにをしでかすかわからない子どもの対応は、不可避的にMPの無駄使いを促します。

ただ、とくに子育てにはいえるのですが、どういう対応が「無駄」でどういう対応が「適切」かは非常に判断しづらい。つまり上記2,と3,の境界線は、とてもあいまいなのです。妻が思いつきでやってみて「そりゃダメだろう」と思っていたことが案外子供たちには受けたりすることがままあります。

家事や食事を作るように子どもがあまり介在しないものとか、純粋なセルフマネジメント(例えば出社の準備を整えるとか、通勤時間の行動とか)には2,がとても重要です。通勤においてラッシュを避けるとか、立たざるをえないとしても気分のいい音楽を聞くとかは典型的な2,の行動です。

しかしある程度のMPの「無駄遣い」が不可避である子育ての場合、最も重要なファクターは4,であるような気がします。これの有無が本人のQOLはもちろん、子育てのクオリティーにも直結するのです。しかしあまたある子育ての本は上記2,と3,の対応に大半を割いており、4,の重要性にはあまり触れられていないような気がします。書いてあっても付け足し程度に思えてしまう。

まぁ、子育ての定石としてまだ書きやすい2,や3,に比べれば、人によって千差万別な4,なんて書きようがない、というのはわかります。さらには、子どもを保育園に預けて気晴らしに映画を見に行く、というだけで多数の突っ込みを受けかねないこの社会では、なかなか4,を前面に押し出すのは難しいのかもしれません。

子どもが落ち着かないと気晴らしをやってはいけないのではないか、と思ってしまう。これは日本人の特性なのか親としての本能なのかはわかりません。ただ、子育てに限らず、すべての環境においてMPを無駄遣いさせる要素が昔に比べて飛躍的に増大している状況においては4,は絶対に忘れてはならない要素だと思います。

本件は、時期を置いてまた続きを書きたいと思います。
のきばトークで本連載は「まだまだ序論だ」とおっしゃっているので。

子育ての人のMP戦略?(1)

最近、この連載を楽しみに読んでいます。

「働く人のMP戦略」
https://note.mu/nokiba/m/m3221b02820a1
連載の最初に、このような問題提起がなされています。

そもそも時間がたくさんあれば、やりたいことが思うようにやれるというのは本当なのでしょうか?
時間があってもやれないのは、意志力が弱いせいなのでしょうか?
そうではないのではないか。

私も妻も別の意味で「やりたいことができない」という感覚があります。子育てをしていると「時間がある」という感覚自体を持つことができません。たとえば、GWのように多くの時間が与えられたとき「自分がなにをやるか?」の前に「子供たちになにをやらせるべきか?」という問題が立ちはだかります。これを考えているうちにGWそのものが到来してしまい、実際GW中に自分自身にフッと自由時間ができたとしても、どう使うかまで頭が回らなくなって、やりたいことが思うようにやれない。

これは、意志力の問題ではないような気がするのです。以前申し上げたように、今や「核家族」という形態そのものが無理ゲーとも思われる状況下で、そこを突破する何らかの戦略が必要な気がします。

そこで、実際的な解決策の一つとして、そもそもやりたいことを絞る、ということを考えました。つまり「今日は○○をやる。時間が余ったらダラダラしてオッケー。以上!」と考えるわけです。

今の時期は、我が家にとっては「模様替え」の季節です。学校や習い事の変化に伴って子供たちの家内動線が微妙に変化し、それに従って家具の増減、配置換えを行います。しかし、模様替えは、重労働です。事前に作業手順や時間配分を考えていないと、大変なことになります。最悪、仕掛かり中の不安定なダイニングテーブルで夕食をかき込むことになりかねない。これは避けなければなりません。

そこで、二つの対応策を考えました。まず、模様替え作業の分割です。どう考えても1日でできないので、3〜4回ぐらいに分けることにしました。もう一つは、模様替え作業は日曜日に実施し、前日の土曜日は徹底して休む、ということです。そもそも新学期がスタートしたばかりで、家族全員ウィークデーの対応だけで気力を使い果たしてしまっているわけです。特に妻はこの傾向が顕著です。なので、まずは気力の回復を図らないと、作業もなにもない。

そしてもう一つは、決して無理をしないこと。つまり「時間が余ったらダラダラしてオッケー」という感覚を持つことが大切なような気がします。つい時間が余った時点で「なにをしようか?」とあれこれ考えがちです。なにかしないともったいないと思ってしまう。特に気が散りやすいADHD傾向の方は、これが出やすい。そこで「はい、今日はおしまーい!まずは休憩!後のミッションは早めに食べて早めに寝ること、以上!」と言い切ることが大事なような気がします。

この項、続きます。

うまくいかなくなる、その時に(2)

前回の続きです

HARD THINGS 答えがない難問と困難にきみはどう立ち向かうか
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前回子育て家族の運営とスタートアップの会社の運営は似ている、ということを書きました。違うところもあるように思います。一つは「なにがなんでもライバルに打ち勝たなければならない」というプレッシャーを負う必要がないこと、もうひとつは、そう簡単に「清算」はできないことです。

実際には逆のことがよく起こります。すでに自分の子供のクラスメートは塾に通い始め、そこでは毎週のテストの成績が張り出され、それによってクラス替えや席替えが頻繁に行われる、と聞きます。まさに競争社会です。離婚も以前に比べて増えています。離婚する当人たちはもちろんのこと、子供たちの精神的負担もかなりのものでしょう。

離婚をしてはダメだ、と申し上げているわけではありません。また、競争社会が離婚を増やしているという単純な問題でもないとは思いますが、一方で「今、なにをやるべきか?」という根源的な問いをすっ飛ばして、ある意味安易な解決策に飛びついているような気もします。もちろん会社でも家庭でも「今、なにをやるべきか?」という問いに対する答えは結構頻繁に変わります。

私が起業家として学んだもっとも重要なことは、何を正しくやるべきかに全力を集中し、これまで何を間違えたか、今後何がうまくいかないかもしれないかについて無駄な心配をすることをやめるという点だろう。

うまくいかないときに、原因追及をやりすぎたり、ありもしない先々の心配をしてしまう、ということが私にもよくあります。今、この状況に集中する。これまでのルールやタスクセットに縛られずに、将来のやるべき事ばかりを考えずに、今どう変えるかを考える、ということは、かなりの難題です。

オーバルコースで時速360キロでレーシングカーを走らせるとき、もっとも重要なのは側壁ではなくコースそのものに意識を集中することだと教えられる。もしも側壁に意識を向けると、車は必ずそれに吸い寄せられ、衝突してしまう。

このたとえは、私にとってはわかりやすかったです。どうしても過去の経緯(速度やら向きやら)を意識してしまう。そこであきらめずに、どうにかして首をまわして別の方向に目を向ける。最も大変だけど最も大切なことかもしれません。

なにがなんでもライバルに打ち勝つ必要はない、と書きましたが、そうあくせくしなくてもいいのでは?という視点を忘れないことと同時に、打ち勝つべきはライバルではなく過去の自分であること、を忘れないようにしたいです。自戒をこめて。

うまくいかなくなる、その時に(1)

失敗する、つまり当初考えた通りに「うまくいかなくなる」のは、あたりまえのことなんです。

HARD THINGS 答えがない難問と困難にきみはどう立ち向かうか
日経BP社 (2015-04-17)
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これは「起業家向けの経営書」なのですが、子育て家族の運営とスタートアップの会社の運営ってどことなく似てるところがあるなぁ、と思いながら読みました。どちらも「無」から「有」を生み出す営みなのです。私自身はスタートアップの経験は全くありませんし(この本を読んでなおのこと)こんな経験をする起業家にはなりたくないと思ったものですが、それでもテクノロジーに多少なりとも興味のある子育てパパにはおすすめできる本だと思います。

この本の最大の特徴は、成功するために何をすべきか、を書いた本ではない、ということです。いかなる優秀な経営者であっても、必ず一度は失敗する、つまり当初考えた通りに「うまくいかなくなる」ことがある、ということを著者は繰り返し強調した上で、そうなったときにどうすべきか?を書いた本です。

ところで、冬から春先にかけては、私にとって毎年一番家族の運営が厳しい時期です。妻と上の子供の体調が悪化し、いろいろなことが思う通りに行きません。この「うまくいかなくなる」と思った時の対応がとても大切だと、毎年痛感しています。

そもそも春先に体調が悪化しないように、事前にいろいろと手を打つわけです。去年もそうなったから、今年こそは、と思います。ただ、これが違う結果(つまり去年と同じ結果)になった時、徒労感が来ます。もうこの徒労感だけで体調を悪化させるには十分で、先のことを考えられなくなる。でも、そうは言ってられません。

ひとりで背負い込んではいけない。
自分の困難は、仲間をもっと苦しめると思いがちだ。しかし、真実は逆だ。責任のもっともある人が、失うことをもっとも重く受け止めるものだ。重荷をすべて分かち合えないとしても、分けられる重荷はすべて分け合おう。

何かのリソースが決定的に足りないとき、それをうわべで取り繕うとすると、必ずムリが来て、余計に事態が悪化します。だから、特にこういう時期は、この状況が「持続可能か?」を常に問いかける必要があるのかもしれません。そして、事態がより悪化する前に持続不可能だと判断して、何らかの手を打つ必要があるのでしょう。

まずは、判断ミスを認めて、リソースがないことを率直に認めることが必要です。ここに一つの大きな山があります。(私を含めて)人は誰でもミスを認めたくないものです。そして「持続可能」ではない、と気づいたら、いち早く声を上げて、周囲に認識してもらうことが大切だと思います。

「周囲」というのは物理的なつながり(つまり近所)でもネット上のつながりでもいいのですが、とにかく声を上げる。そうすると、なにかのレスポンスがある。思わぬところから強力な援助が得られるかもしれません。この春の我が家でも、実際にピンチになり、今までほとんど期待していなかったところからサポートを得ることができました。もちろん「逆効果」も有り得るのですが、それでも、まずは声を上げなければ始まらない。だから、ガマンして動かないのが最大のリスクであるような気がします。

この項続きます

ダンボール10箱の生活

このブログのタイトルの通り、私はシンプルな考え方や生活を目指そうとしていますが、その最終形がどこにあるのか、明確にはできていません。ただ、ある日この本を読んでいて、少なくとも途中経過としての具体的な考えが頭に浮かびました。

エッセンシャル思考 最少の時間で成果を最大にする
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筆者が学生だったころ、非営利組織のビジョンおよびミッションステートメントを評価する作業のなかで、この一節が異彩を放っていたそうです。

彼(注:ブラット・ピット)はハリケーン・カトリーナに襲われたニューオリンズの復興の遅さに苛立ち、自らメイク・イット・ライト財団を設立した。その目標はこうだ。 
「ニューオリンズの下9地区に住む世帯のために、低価格で環境にやさしく、災害に強い家を150戸建設する」
このステートメントは、教室の空気を一変させた。

やはり具体的でリアルな数字があると、切迫感が格段に違います。これを読んで、ふとした考えが浮かびました。

自分に関するモノを「ダンボール10箱」におさめられないだろうか?

私はこれまで10回ぐらい引っ越しを重ねてきましたが、そのたびに運送屋さんから「荷物が多いですね」と言われてきました。これは結婚する前からそうでしたので、家族の問題ではなく、私自身がモノを持ちすぎる傾向があるようです。

例えばモノを300個に制限する、という考えもあるでしょうが、数えるのが大変なので、もう少しイメージしやすい考えとして浮かんだのが「ダンボール10箱」でした。ダンボールの箱に統一規格があるのかどうかわかりませんが、一人で持てるだけの大きさと重さを想定してみれば、この棚のこの部分で1箱、ぐらいのカウントはできそうです。

自分に関するモノ、というのは、衣類、書籍、音楽CD、書類、電子機器、鞄類、小物類、すべてを含みます。ざっと見て、現状は少なくとも20箱は超えそうです。ということは、半分は捨てる必要がある、ということになります。

一方で目標としての10箱のうち、先述の要素にそれぞれ何箱分をあてるか?と考える必要が出てきます。大きさだけで決まるものではありませんが、この区分けは自分の生活の指向を大きく反映しそうです。そして、その基準となりそうなのは

自分の生活を管理するにあたって必要なモノは何か?
自分に快適さを与えてくれるモノは何か?

この二つのような気がします。前者は税金を含めた広い意味での財産管理がまず浮かびます。紙で持っておく必要があるモノが少なくありません。後者はかなり電子化されたとはいえ、手元に持っておきたい本やCDがあります。ただ、今あるモノが全部必要か?といえば、そうでもないかもしれません。無人島にダンボール1箱分だけ本を持って行ける、kindleはダメだよ、と言われたら何を持って行くか、と考えるといろいろな想いが浮かびそうです。

以上はすべて、ある意味思考実験です。ただ、仮に私が急にこの世を去ったとき、残されたモノを見て私がどういう人だったかを連想することになるでしょう。その意味でも、あまりおろそかにはできない気もしています。

color your scrap, color your life(3)

もう一つのきっかけは、EVERNOTEでした。

毎日書く日記とは別に、時々スマホで撮った画像をEVERNOTEにアップして、一言添えるという「日記のようなもの」を書いています。今日1日いろいろあって、夕方近くのスーパーに食材調達に出かけてホッと一息ついた時、なんということのないスーパーの風景を撮ってアップして「あー、疲れた」と一言書くだけ。もう疲れてそれ以上書く気力が残ってないのです。

で、後日そのスーパーの写真を見て、その日のことを思い出せる。詳細はともかく、あの日は大変だったな。と容易に思い出せるのです。あれはなんなんだろうと思っていました。あ、そういうことだったのか。

カードは見た目が100パーセント R-style

「読む」という行為が一定の認知的負荷を生じさせることと関係しています。逆に言えば、「見る」は「読む」に比べるとダイレクトであり、意味解釈という作業をすっ飛ばせるのでクイックリーです。

先述の気まぐれ写真日記も、一種の「日々の生活の断片に彩りを添える」行為でした。これは単純に見た目がのっぺりしない、というだけではない。ある意味1000文字書くのと同じだけの効果がある。認知的負荷というある種のストレスなしに再確認ができる。アウトプットとインプット双方に効果があったのです。

ところで、このブログも、毎回画像を出しています。もともとは、初心者向けのマニュアル本に習ってやってみただけなのですが、なんとなく文面に関係しそうなキーワードを思い浮かべて、フリー写真素材サイトMorguefile.comを検索して、ありがたく使わせてもらっています。

で、たまに過去の内容を見返すとき、書いたことそのものを思い出すのはもちろんの事、その書いたときの気持ちをも思い出すことがあります。これはこのブログを見にきて下さる方にはわからないと思いますが(その気持ちとエントリの内容は関係がないので)、自分にとっては密かな楽しみでもあります。

ただ、先ほどのR-styleをエントリを見るまで気付かなかったのですが、これらをカードのように並べて一覧すると、また違った情景が浮かび上がるのかもしれません。個々の画像だけを見ただけではわからない印象が。例えば青っぽいのが多いという単純な話から、選んだ画像の静物、建物、風景のいろんな傾向が見えてきて、それが一種のモザイクのように浮かび上がってきそうです。

というわけで、今回の画像は「mozaic」をキーワードにしました。一度このブログをscrapboxのようにカード形式に並べてみると、別の情景が浮かぶかもしれません。

color your scrap, color your life(2)

もうひとつのきっかけは「タスクダイアリー」でした。

仕事に追われない仕事術 マニャーナの法則・完全版
ディスカヴァー・トゥエンティワン (2016-10-22)
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これまでいくつかタスク管理のやりかたを試したものの、うまく行きませんでした。どうしようか、と困ってきたところで、この本を再読してタスクダイアリーというやり方を始めることにしました。

とにかく1日1枚、タスクダイアリーを作り、今日はこれだけやる、というタスクを書く。もし別のタスクを思いついたとしても、よほどの理由がない限りすぐはやらず、メモしておいて明日以降にやる、という考え方です。さらに、毎朝必ずやるルーチンタスクをまとめた「デイリータスクリスト」と、週末に必ずやるルーチンタスクをまとめて「週末タスクリスト」を作りました。これらは純然たるチェックリストで、追加訂正することはありません。都合3つのリストでタスクを運用してみました。

で、これまた紙でやってもいいのですが、スマホさえあればすぐ見られるウェブサービスでやりたい。その方が私には合っていると思ったからです。ところが、今まで使ったタスク管理のウェブサービスには「1日1枚」という概念がありませんでした。

もちろん「今日中にやるべきタスク」を検索し、表示することはできます。しかし、文字通りシートの形で見せてくれるものではありませんでした。「1日1画面」と「1日1枚」では、なんとなく感覚が違うような気がしました。そこで仕方なくGoogle Keepに手入力することにしたのです(実際にはひな形を作ってコピーしています)。

このGoogle keepによるタスク管理は、今のところ案外うまく行っているのですが、私が思うに、その理由が3つあります。チェックボックスがあること(どこまでやったかがすぐわかる)、見た目がカード形式であること、最後に、そのカード毎に個別に色がつけられることです。

私の場合、当日のタスクダイアリーは青、当日のデイリータスクリストは赤、当該週末の週末タスクリストは黄色。昨日以前のリストは色を変えています(その後別のところに履歴を残して削除)。これにより、今日のタスクはどのシートかが、すぐにわかります。ピン留めして最初の項目にするという手もあります。でも、色の方が一目で見分けがつきやすいのです。

こうして、タスクが断片化(というよりはグループ化)され、その断片に色がつきました。この彩りは、私のプライベートの生活をしっかりと管理してくれています。すべてのシートの色が白のままだったら、ここまでうまくいかなかったかもしれません。もしかしたら「色」には、この本の最初に触れられている「衝動の脳」をうまくごまかして、タスクに集中させる働きがあるのかもしれません。これは個人の感覚だけかもしれませんが。

この項、続きます(次で最後です)。

color your scrap, color your life(1)

きっかけのひとつは、バレットジャーナルでした。

「箇条書き手帳」でうまくいく はじめてのバレットジャーナル
ディスカヴァー・トゥエンティワン (2017-10-13)
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バレットジャーナルとは、ライダー・キャロルさんという方が開発した「ノートによるスケジュール・タスク管理システム」です。

大事なことを即座にとらえ、ひと目ですぐ理解できる記録の仕方を試行錯誤し続けた結果、できあがったのがこのバレットジャーナルというシンプルなシステムなのです。

バレットジャーナルの原点はタスク管理なのですが、この本に書いてある幾多のバリエーションを読んで、わたしは、日記のつけかたを変えようと思いました。ある特定のマークをつけた箇条書きのようなやり方が、手軽で飽きがこないのではないか、と考えたのです。

手書きでいくつものフォーマットを考え、それらを組み合わせて凝った手帳を作るのには憧れるのですが、残念ながらそんな時間がない。そこで、箇条書きが手軽にできるウェブサービスを探して、たどり着いたのが、workflowyでした。workflowyはハッシュタグが使えるので、目印代わりに各項目の頭にタグをつけることにしました。といっても、単純に「いいこと」「イマイチなこと」「よくも悪くもないこと(コメント)」の3つだけ。

さらに、Firefoxの機能拡張”stylish”を使って見栄えを変えることができることがわかったので、ものは試しとやってみました。私が使ったのは「colored tags」。さきほどの3つのハッシュタグに「色」をつけてみたのです。これで特定の数文字を入力するだけで、自動的にカラーバッジがつくようになりました。

このようにして、日記が断片(scrap)に分割され、その断片に色がつきました。ところが、それだけなのに、日記に対するモチベーションが格段にアップしました。その日が、自分にとっていい日だったか、イマイチの日だったか、ひと目でわかるようになったからかもしれません。目印や絵文字でもわかるとは思うのですが、単なる3色のシンプルな表示の仕方が、私には合いました。

これは個人的印象で、誰にもお勧めというわけではありませんが、自分にとっては、小さな発見でした。何となくですが、無味乾燥っぽく見えた日々の生活にわずかながらの彩りがついたからかもしれません。そして、「ひと目ですぐ理解できる記録」のために「色」の果たす役割は、小さくないのかもしれません。それから、自分の「ログ」を記録する時に「色」を少しずつ意識するようになりました。

この項、続きます。

クエストを楽しむこと、ログを生かすこと

正月早々、楽しい偶然でした。ありがとうございます。

やる気クエスト(1) (純コミックス)
岡野純 (2015-12-12)
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元旦に発信された「のきばトーク」を1月2日の早朝に拝聴。たまたまその中でこの本の24時間限定0円セールをやっているのを知って即購入。kindleで漫画を読むのは、私にとってこれが初めてでした。普段文字だらけのノンフィクションを主に読む私にとって、ファンタジー仕立ての心理学/ライフハック系漫画というのは新鮮でした。

漫画と言っても、書いてあることは極めて真剣。例えば、ある登場人物が語るこの一節

ジュン、お前も気づいたとおり「緊急事態」になればやる気は与えられる
しかしデシのようにいつも自信がなく不安を抱え込みがちな人間は、いわば「常に緊急事態」なんだ
つまりデシの中には常時やる気が放出され続けている
だがその多すぎるやる気をどう使えばいいかわからない…

この「デシ」は、私の妻そのままです。ADHD気味だと自身で語る、私の妻に。そのデシがどう危機を乗り越えたのかは、もちろん本文に書いてあるのですが、ここでは私の妻の話を。

妻は最近カレンダーを持ち歩いています。そのカレンダーにはいくつかの工夫が施されています。A4の紙1枚に向こう4か月分のカレンダーを印刷し(元ネタはこれ)今後の予定を手で書き込んで携帯性と一覧性を重視。さらに感心したのは、前年の同時期に何が起こったかが書いてある、ということです。特に体調の変化について。

昨年のこの時期に、これこれが悪化した。私も気をつけるから、あなたも協力してこれこれを手伝って、と事前に警告を発し、文字通りの緊急事態を回避することが可能になるわけです。そして、実際この冬の妻の平均的な体調は、(今のところ)前年比で間違いなく良くなっています。過去の記録(ログ)をつけるだけでなく、それを生かすことの大切さを感じました。

あと、このシリーズの最後に「笑う」というキーワードが出てきます。私が前回のエントリーの最後に書いた一文が、まさか「やる気」つながるとは思いもしませんでした。正直あまり深く考えずに書いたのですが、改めて考えてみれば大切なことかもしれません。今の状況で笑えるということが。そして「クエスト」仕立てにして楽しむということが。

この本で紹介されるタスクシュートを使うかどうかはわかりませんが(すみません)、今年は「クエスト」を楽しむと同時に、「記録(ログ)」をつけること、それを生かすことの大切さを考えながら過ごしてみたいと思います。

今年もよろしくお願いいたします。