自分が我に帰るための、二つの「クモ」の目線(2)

前回の続きです。

もう一つのクモは、そう、「雲」の視点です。
私は「蜘蛛」として、いろいろと網を張っていて、引っかかったものに反応する。ところが、その引っかかったものが多すぎて手に負えない、といったことが往々にして起こります。そこで、それらを処理するなりして人生を前に進めるための指針のようなものがあったほうがいい。ボトムアップに対するトップダウンの視点、というと「上から目線」みたいな感じであまりいい印象ではないので、空にぽっかり浮かぶ「雲」をイメージしました。

完訳 7つの習慣 人格主義の回復
スティーブン・R・コヴィー
キングベアー出版
売り上げランキング: 845

いわばこの本に出てくる「ミッションステートメント」のようなものですが、私の場合、ちゃんと文章としてまとまったものはありません。ただ、今までのいろいろな判断から見て、私にとって大切な3つのキーワードを持っています。

一つ目は「シンプル」です。これは次回詳しく述べます。

二つ目は「多様性」です。もし数年前に同じようにキーワードを作れ、と言われたら出てこなかったと思います。この数年で大切にしたいと思えるようになった価値観です。これが今大切なのは3つの背景があります。

一つは「子育て」です。まず、子供は人それぞれで多様性があるということ。また「子育て中の親」という集団が世間の中でマイノリティーであり、世間では「当たり前」だと思っていた多くのことは、実は違うのではないか?と考えるようになりました。
もう一つは、東日本大震災です。これも、私にとって今まで「当たり前」だと思っていた多くのことがひっくり返されました。我が家の家事にも影響を与えました。それは今では落ち着いていますが、やはり広い意味で他の災害に比べて影響は甚大です。
最後に、妻の病気です。今年になって、ADHDや発達障害に関わる方々のtwitterをフォローするようになりましたが、ここでも、世間一般では「当たり前」だと思われていることが、ひっくりかえされます。すごく簡単に言うと「頑張れば、出来る」という常識が通用しない世界。気合いがどうこうではなく、器質的に不可能。それが何を意味するか、真剣に考えるようになったのは、今年になってからです。

シンプルと多様性、というと、一見矛盾する概念かもしれません。多様性というのは、多様な概念があることを「認める」ことであり、全面的に賛成、あるいは依存することではありません。私の中にはある一定の価値観があり、この数年で見聞きした価値観でも、私が賛成できない、あるいは真似したくないものはいっぱいあります。ただし、別の価値観を認めて、私の価値観と比べてみて、変化したり、深みを与えたりするのを楽しめるようになりました。このブログも、多様性を試す道具の一つかもしれません。

三つめは「誠実さ」です。いろんな価値観を認めるとき、あるいはいろんな価値観を持つ方々に接するとき、一番必要なのは「誠実さ」だと思います。これがないと、無用な争いが起こってしまう。言い方を変えると「終わる話が終わらない」。もちろん建設的な議論はいいのですが、終わらないのは、よろしくない。
嘘をつかない、大げさに言わない。そんなに難しいことではないはずなのに、私も日常生活で時々外れてしまいます。なので、このブログでは、ゆっくり考えて書くことのできるこのブログでは、外れないようにしたいと思っています。

この項、続きます(次回で最後です)。

Leave a Comment