完璧主義という名の「異状」からの脱出(2)

 前回の続きです。

すごい手抜き - 今よりゆるくはたらいて、今より評価される30の仕事術 -
佐々木 正悟
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 先日、こういうことがありました。
 妻の体調不良が続いていたので、ある時妻は「いろいろなことを考えず、ある意味、生きていればOK、ぐらいの感覚で気楽にできないか?」と考え、自分自身への要求レベルを下げたのです。いや、下げたつもりでした。一方で、妻は子供への要求レベルを下げませんでした。宿題をちゃんとやるようにしつこく繰り返すのをやめなかったのです。

 親が子供に宿題をやらせる苦労は、誰でも経験することでしょう。しかし、ここは非常事態です。すでに極限に近い妻のストレスを増大させるわけにはいきません。私自ら担任の先生に相談して事情を話し、子供が宿題をやってなくてもあまり目くじらを立てないようお願いしました。本人がそこそこの成績を取っていることもあるのでしょう、先生は事情を理解して快諾してくれました。
 それでも妻はやめないのです。自分のせいで子供の教育に悪影響を与えたくない、と思っていたようです。わかるんだけど、それは、言行不一致ではないか?とある日私が指摘して、妻はハッとしました。手を抜くポイントが分かっていなかったのでしょう。

 たとえどんなに手を抜いても、それだけは犯してはいけないミス、というものがどんな仕事にもあるはずです。
 (略)
 手を抜いた結果、どんな悲惨になるかを考えることによって、いざとなれば仕方のない手抜きと、絶対にやってはならない手抜きとに分けて考えることができるのです。

 そこをクリアすればOK、という「最低ライン」の設定。私は子供が宿題をやらないことはとりあえず致命的ではない、と判断しました。実際先生も同意したのです。
 しかし、「最低ライン」の設定はとても難しいと思います。人や状況によっても違うし、何より自分自身で考えなければならないからです。「ゼロリスク」と言うのが一番簡単です。でも、「ゼロリスク」ができない時の対応策を考えるのはとても難しいのです。そんな難しいことを、頭の中がとっちらかっている人ができるわけがありません。

 完璧主義は、「ちゃんと考えてない」あるいは「ちゃんと考えられない」ために、自分自身に帰ってくるブーメランではないか。その上、このブーメランは自分自身どころか他人にも影響を及ぼしますから大変です。
 そうならないように、頭の中を解きほぐして、最低ラインや優先順位を設定してあげることが、「向き合う人」にとっては大切なことのように思います。自分だけでなく他人のことまでやるのはしんどいのですが、それが(消極的には)自衛につながるし、(積極的には)「異常」からの脱出の一助になるような気がします。

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