人生は、一本道ではない

子供たちの夏休みは、折り返し点を迎えました。

この一学期の子供の通知簿を見ながら、妻といろいろ話したのですが、「(上の子)は、普通に会社員になって事務とか何かする、といった人生歩まなさそうだよね」という点で意見が一致しました。まだ小学校も出てないのに、もうそんなこと決めちゃっていいのか?

学業面の評価が低かったわけではありません。むしろ(親自身の)予想外に高い。行動面での評価を見たり、音楽と図工が好き、という子供の言葉を聞いたりしていると、ああ、単純に偏差値競争に巻き込まれるのはかわいそうだな、と思ったのです。もっとも、今のところ音大とか芸大に行かせる気はないのですが。

そこで思い出したのが、少し前に読んだこのブログでした。

日本の『好きなことやれないサイクル』はヤバい。年を取れば取るほど取り返しがつかなくなるので、若者の皆さんは早めに抜け出してください。

日本では、物心ついたときから個人が常に画一的な物差しによって計られていて、小3くらいからずっとそれに追いかけ回されて、自分が何が好きかといったことに向き合う暇がありません。

これは、確かに気をつけなければなりません。子供が、というより親や社会が。親や社会が「画一的な物差し」を当てたがるのは、単純にそれが楽だから、めんどくさくないからじゃないか、と思っています。画一的な社会を作りたい、という何かの陰謀があるわけではない。ただ単純に、ややこしいことを考えたくないから。そこから抜け出す仕組みなりマインドセットなりは必要な気がします。それには、自分自身に「画一的な物差し」を当てないところから始めなければならないかもしれません。

もう一つ、なるほどなぁ、と思ったのは「ミッドライフクライシス」の話。確かにそうかもしれん。

僕の少ない社会経験から確実に言えるのは、一回社会人になってからこのサイクルから外れようとするのは非常にエネルギーが要るということです。なのでこれから、在学中にこのサイクルから脱する大学生が増えることを切に願っております。

ところで、私は普通の会社員であり、筆者の言う「画一的な物差し」にどっぷり浸かったりして、いい年のオヤジになりましたが「ミッドライフクライシス」はあまり感じていません。なぜか?と少し考えて、気づきました。

この筆者も「罠」にはまっているのではないか?つまり、普通の会社員=画一的な日本人になるか、そうならない=フリーランスか、の二者択一しかない。そんなことはないだろ?と思うのです。現に私の趣味の友人は大半が普通の会社員ですが、『好きなことやれないサイクル』にはまっているようにはとても見えない。

確かに普通の会社員だと、ミッドライフクライシスにはまる可能性は高い。それは認めます。大学生のうちにいろんな可能性を追求するのはとてもいいことです。やりたいことを見つけた筆者に「会社員に戻れ」とは言いません。筆者の「画一的でない」のレベル設定がかなり高く、普通の会社員じゃそんなレベルまで行けないよ、というならそうかもしれない。でも、普通の会社員になったら即アウト、というのはちょっと違うのではないか。

普通の会社員をやりながら画一的な日本人にならないようにするやり方は、いくらでもあるような気がします。人生は、一本道ではないのです。いついかなるるときでも、軌道修正の可能性があります。このブログも、そんな軌道修正に向けた小さなあがきの一つかもしれません。

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