立ち止まり、省みる(1)

自分を省みて、これはまずい、と思いました。
その時、妻の本棚にあったこの本が、ふと目に止まりました。

マジメすぎて、苦しい人たち―私も、適応障害かもしれない…
松崎 博光
WAVE出版
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この本には「適応障害」の具体的な症状の説明、治療法、そして適応障害にかかりにくくするための対処法といったことが書かれています。私は、この本の定義によれば、まだ適応障害ではありませんが、一歩手前の状態。そこで、この本に書かれている「対処法」の部分がとても参考になりました。

ところで、前回のエントリーで「決断した」と書きましたが、まずは、自分に関する「やりたいこと」を削減しました。感覚的にですが、今回はかなりバッサリ切りました。効果が現れるのはこれからであり、いきなり何かが劇的に変わったわけではありませんが。

自分の「やりたいこと」の見直しは以前にもやったことがあります。ただ、今回初めてやったのは、同時に妻にも「やりたいこと」を減らすよう要請したことです。

妻はADHDの傾向があり(正式な医師の診断は受けていませんが)放っておくとすぐに「やりたいこと」を増やす傾向にあります。それが自分で全部できればいいのですが、たいていできないため、それが家事育児の「やるべきこと」に影響する。そして、それをフォローする私の精神が崩壊し始めたのです。すでに妻がなっていると思われる適応障害に、私自身もなってしまいかねない、と気づきました。

平日でも仕事と家事育児に全力投球している私が、いくら子供がいるからといって、土日に全く休めないのは、どう考えてもおかしい。いろいろなことを根本的に変える必要がありました。具体的な「リスト」だけでなく、考え方を、フレームワークそのものを変える必要がありました。そのためのキーワードが、この本に書いてありました。

適応障害を克服するには、それを起こす環境に適応しないことが一番です。「適応障害にならないためにはどうしたらいいですか?」「無理に適応しないことです」こんな禅問答のようなことが問題を解決する有効策です。

私の場合、これ以上無理に適応しない、ということは、妻に対して「ごめん、これ以上(のサポート)は無理」と宣言することを意味しました。これは正直きつい。妻のtodoを増やす可能性をはらんでいるからです。でも言わなければなりませんでした。これをしないと、私のサポートが急にゼロになって、明確に妻への負担が増えてしまいます。

もう一つ、キーワードというより、反省すべきことがありました。それは、私が「自立」の意味を完全に取り違えていたこと。

自立というのは、誰にも何にも寄りかからず、ということではなく、寄りかかったり寄りかかられたりしながら自分の足で立って考え、動けることを言いますが、自立した生活こそがストレス弾を防ぐ盾になってくれます。

そうでした。私は明らかに適応障害にハマっている妻に寄りかかることは、よくないことだ、と思っていました。私がマジメすぎるのかどうかは、正直よくわかりません。ただ、明らかにマジメになるべき方向性が間違っていたのかもしれません。

この項、続きます。

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