自信があるから怒る、とは限らない

よく怒るから、ではなく、よく怒られるから、読んでみたいと思いました。

この本は主にADHDの方を対象に怒りのコントロールの方法を説くだけでなく、家族等の周囲の方のための対処法も記載されています。絵や図式が多いのが特徴で、第1章がいきなり「怒りを大爆発させないための応急措置」から始まっているのが示唆的です。その後で序論に戻って怒りの効果(というより弊害)を説く、という筋立てになっています。

怒りの前に「不安」や「妬み」「恨み」といったタネとなる感情がある、といった普遍的な怒りの発生のメカニズムを紹介すると同時に、ADHDは「感情のコントロールや客観視が苦手」と指摘し、ADHD特有の心の動きにも着目しています。

この本で私が得た最大の気づきは「怒る=自信がある、と誤解されやすい」ということでした。なんでこんなに怒られるのだろう、と思っていたのです。妻の行動は単なるヒステリーとも思えず、なんらかの確信のもとに私を非難しているのだろう、と思っていました。そうではなく、怒りっぽい人は自信がないのに自信家と見られがちであり、このギャップと周囲の対応がさらに落ち込みの元になる、と著者は指摘します。

なにか私が妻を怒らせる事をやったとすると、本人は(自信満々そうに)それは違うと「指摘する」。そう、本人は怒っていると思ってないのです。論理立てて説明しているだけだ、と。一方こちらは否定されてますから、本人がどう思おうと怒られたと感じる。よくある話なのかもしれませんが、残念なことです。

その背景には「価値観」の問題があるような気がします。つまり、自分の当然が他人の当然とは限らない、ということです。これは、妻とのやりとりの中でよく感じます。ここで著者が指摘する要注意ワードは「べき」「せっかく」「はず」の3つ。中でも「べき」はある意味自分の中でのルールを規定する言葉です。自分のルールが他人と同じとは限らない。これがつい、頭から飛んでしまう。さらに

自分のよいところより、正しいことを追求しがち
目標やルールを決めるときは、世間的に正しいとされていることを重視しがちです。しかし、目標を守ることが自分を伸ばすとは限りません

この本はADHDの方を対象に書かれた本ではありますが、ADHDでなくても「自分らしくする」という軸が定まらないと、このように自分で思い込んだ「べき」に自分自身が縛られ、さらに動きにくくなる、というよろしくないループになりがちのような気がします。そして、それが「怒り」につながって他人に影響を及ぼしかねない。

このループを抜け出すのはなかなか難しい。本当に難しいと思います。やはり、自分に合った小さい目標を設定し、それをクリアすることをきっかけにして自信を回復するしかないのかもしれません。

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