どうやって居場所を見つけるか、どうやって手を抜くか:脱! 暴走老人 英国に学ぶ「成熟社会」のシニアライフ

他人の振り見て我が振り直せ、と、簡単には行かないかもしれません。

脱! 暴走老人 英国に学ぶ「成熟社会」のシニアライフ
谷本真由美
朝日出版社 (2018-10-26)
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twitterでは知る人ぞ知る方なので、正直大丈夫だろうか?と思いながら読んだのですが、あそこで時々見られるようなきつい表現は全くありませんでした。ただ、私でも少し方向性を誤れば「暴走老人」になりかねない、という事実には愕然としました。

欧州にどれだけいるのかはわかりませんが、日本では「暴走老人」の話が度々ネットに登場するのは事実。そしてその暴走の根源に「不安」があること、そしてその「不安」のベースには、「楽しむ」ことを良しとしなかった長年の日本の社会環境がある、という筆者の指摘にはうなずかざるを得ません。

しかし、社会環境はそう簡単に変わるものではありませんし、どうしてこういう社会環境になったかを深く追求してもあまり詮ない話ではあるので、やはり自分はこれからどうするかにフォーカスした方がいいかもしれません。

少なくとも日本において、寿命の問題もあり、昭和の時代までは60歳を過ぎた後の生活のことはあまり顧みられなかったでしょう。しかし、平成の時代で寿命は大きく伸びました。時は令和、まさに人生百年時代。60歳定年になっても、半分を少し過ぎたところ。その残り半分弱の生活の基盤を何に置くか?これは重要な問題です。

そこで、筆者が指摘するポイントがいくつかありますが、感銘を受けたポイントが二つありました。一つは「居場所」です。

例えば、私の親族で100歳を過ぎて大往生された方がいますが、その方は居場所を「仏教」に求められ、見事に充実した人生を歩まれました。この本では、欧州に幾多ある趣味者の団体を紹介していますが(コミケにブースを出して日本人形を売る集まり、なんてのもあるそうです)、退職すれば終わってしまう会社というコミュニティとは別の「居場所」を確保することはとても重要です。

「楽しむ」ことを良しとしない「世間」とは全く異なるスペース。これを確保することで「不安」はかなり軽減できるかもしれません。そして、これは60歳定年になってから急に探し始めてうまくいくものではないでしょう。少しずつ始めて、少しずつ自分だけのスペースを広げていくのがいいでしょう。

そして、もう一つが「健康」です。

健康的に年を取ること。これが日本では難しい、と筆者は指摘します。どうしても会社の激務に引きずられて健康を害する人が少なくない。激務の代償としてしかるべく出世できればまだしも、「やりがい搾取」のように、そうでないケースも散見されます。では、どうすれば自分を守れるのか?

そこで筆者が主張するのは「手を抜く」ことです。要は、多少は不真面目になれ、と言っています。この表現に抵抗があるならば「生産性の向上」、それもアウトプットの極大化ではなくインプットの極小化という意味での生産性の向上を勧めています。日本人は真面目すぎるので、どうしてもアウトプットの極大化を優先し、インプットの極小化に目が行かない。これができなければ健康的に年を取ることはできません。

どうやって居場所を見つけるか、どうやって手を抜くか、これは他人の振りを見るだけでできるものではなく、自分で考えなければなりません。人によって最適化できるポイントが異なるからです。でも、そこをなんとか考え抜いて最適化ポイントを見いだした人にこそ、大往生への道が開けるのかもしれません。

photo by rosamore in Moguefile.com

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