謎のプログラム”ADHD.exe”への対処?(5)人には必ず「波」がある

長々と引っ張って、申し訳ありませんでした。私がこの本から学んだ、今のところの「解決策」です。

いつも「時間がない」あなたに 欠乏の行動経済学 (早川書房)
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まず最初のキーワード、処理能力。

人は自分の時間の予定を組んで管理するが、処理能力の予定を組んで管理することはしない。自分自身の変動する認知能力に対しては、あきれるほど配慮も注意もしない。

以前申し上げましたが、私の妻は冬になると、よく体調を崩します。つまり、冬になると処理能力が格段に下がるわけです。時期だけではない。場所はどうか?例えば妻は家にいるより外に出た方が「処理能力」が高い傾向があります。
本当に、妻の、そして私の生活の仕組みはその考え方が前提になっているか、もう一度考え直さなければなりません。

そして、「欠乏」への対処。

欠乏のためのトレードオフを仲裁する策として、私たちの知るかぎり最も賢明な方法はユダヤ教の安息日である。
(略)
安息日は少なくとも二つの理由でうまくできている。ひとつは選択肢もジレンマもないことだ。休むこと以外は何もない、トレードオフのない日である。
(略)
もうひとつの理由は、毎週同じ時間、金曜日が終わったときに始まることである。あなたがどんなに忙しくても関係なく、問答無用であり、計画する必要もない。

問答無用に、週1回与えられる、スラック。

ユダヤ教の安息日のことは知ってましたが、「欠乏」の無限ループから抜け出す深遠な知恵が隠されていたとは思いもしませんでした。何かのために空けるのではない。とにかくまず空けること。それが悪循環の回避につながる。何かのために、とか考え出すと空くものも空かないんですね。
その意味では、給与天引きも同じ。これだけ貯めるために、ここを節約してから貯金に回す、というのと、まず天引きしてから残ったお金でどれたけできるか考える、というのとでは考え方が根本的に違うのかもしれません。

これを読み終えて、さっそく妻にお願いしたのは、必ず週1回、3時間でいいから、昼間にフリータイムを設けることでした。子供が寝静まった夜間ではなく、夜間よりは処理能力の高いはずの昼間に。
これでどれほどの効果があるか、正直わかりません。それでも、考え始めたら、いつまでたっても時間はとれない。お金もたまらない。まず、無条件に「安全地帯」を設定することが無限ループを止め、処理能力を上げる第一歩なのでしょう。

この本を読んで、私が思いついた隠れキーワードは「波」でした。人には必ず「波」がある。機械のように、いつでもどこでも同じことができるわけではない。にもかかわらず、多くの仕組みはその「波」の存在を前提としていませんでした。だから、欠乏が発生する隙ができてしまう。それを防ぐには、

・自分自身の「波」の存在を認識しそれをしっかり仕組みに織り込むこと
・「波」に対する適切な備えが常にある仕組みを持っておくこと

この2点が必要なのかもしれません。

謎のプログラム”ADHD.exe”への対処?(4)なぜ抜け出せないのか?

木枯らしが、吹き始めましたね。寒い冬が近づいていました。これまでの蓄えが、問われます。
といわけで、続きです。

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この本では、一旦作動した「欠乏.exe」が、なかなか終わらない仕組みを解明しようとしています。
ここでは、私がこの本の中で一番好きなエピソードである、インドの露天商の話をかいつまんでご紹介します。

・露天商は毎日1000ルピーの商品を仕入れて、1100ルピーの利益を得て生活している。

・ところが、多くの露天商は1000ルピーのお金がないので毎日そのお金を業者から借りていて、その利子を毎日50ルピー支払わなければならない。これでは貯金ができないので、いつまでたってもきつきつの生活から抜け出せない。

この露天商は、今の私であり、私の妻でもあります。とにかく日々、目の前のことをこなすので精一杯。妻は「今週のタスクリスト」なんて見たくもない、と言います。見たいのは「今日のタスクリスト」だけだ、と。多すぎて処理しきれないように見えるからです。この悪循環は、どこかでとめなければならない。

欠乏は目先のことしか見えない行動を生む。そして、それは個人の怠慢ではない、そうならざるをえない仕組みに問題がある、と著者は言います。

・では、その1000ルピーを露天商が持っていたら、きつきつの生活から抜け出せるはずだ。といわけで、実際に何人かの露天商に1000ルピーを与えてみた。で、どうなったか?

・最初みんなその1000ルピーを大切にして生活レベルが改善した。ところが、1年たってみると、全員もとの借金生活に戻ってしまっていた。

なぜなのか?

筆者は、ここで、適切なタイミングかつ適切な量の余裕が必要だ、と主張します。それを「スラック」と呼んでいます。
露天商にとって、1000ルピーは十分なスラックではなかった。彼らはそれぞれにもろもろの急な出費に迫られてこれに手をつけざるを得なかった。そして、一人ずつ元の生活に戻ってしまったのです。

これは、彼ら露天商が怠慢だったからではない、十分なスラックがない仕組みに問題があるからだ、と筆者は主張します。これはとてもうなづけます。家事や子育てに追われて、いろんな意味で余裕のない親として、よくわかるのです。

そしてポイントは、適切な量と、タイミングです。量だけではない。
この本に年1回ドカンと収穫と収入が来る農家の話が出てきますが、彼らは収穫前の生活がギリギリになってしまう。給料日前はギリギリになる、というのもよくある話。ということは、年でも、月でもない。

では、どうすればいいのか?

(この項、続きます。次回が最後です)