家がまわる3つの前提

 新年度が始まって、子供や家のことでバタバタしている間に、前回のポストが記事になっていました。ありがとうございます。
R-style » ちょうど良い断片のサイズ

今回の話は、情報処理がらみ?で前回とちょっとつながる話ではあるのですが、先日、このブログを読みました。

ビジネス本と育児家事 |site-kawahara.com(イラストレーター・カワハラユキコ公式ブログ)

たしかにビジネス本で書いてあることは、家族経営にも参考になることが多いです。例えば、

『社長(上司)がいなくても、会社がまわるようにすることが大事』
みたいなことがよく書いてあるけど、これって会社を家庭に置きかえて考えると
『母がいなくても、子どもがちゃんと生きていけるようにすることが大事』
ってことじゃね?

まさに、その通り。部下なりお父さんなりに任せても家事育児が回ることが大事。私も会社での自分の仕事のやり方を考えて、家事育児が回るには、3つの前提が必要なのではないか?と最近考えるようになりました。

ひとつには信頼関係、
ひとつには仕組みづくり、
そして最後に情報共有。

以前何かのテレビの番組でお父さんが料理を作っている最中に奥さんからバシバシ突っ込みが入って「モチベーションが下がる‥」とごぼしているシーンを見かけました。
我が家でも全く同じシーンが時々展開するので、これはよくわかります。以前妻に言ったことがあります。ごはん作ってくれてありがとうとは言ってくれるけど「任せて」ないだろう?、と。

もちろん妻の言い分もあります。どのように掃除をやっても何も言うことはないけど、台所回りのことは言わずにいられなくなる。つまり、妻の望むような仕組みができていないことが原因であり、これは夫婦の共同責任です。
妻の言うことを100%聞け、という話ではない。お互いが納得できる仕組みがないがゆえに、自分自身の価値判断を出さざるをえない。こうなったら大変です。ただ、よくある話でもあります。

いちいち全ての仕組みを文書化する必要もないし(そもそもできないと思いますが)、ある程度は信頼関係でカバーできる。それでも、他人です。当然考え方は違う。隙間が避けがたく発生してしまう。なんとかならないのか?

その隙間を埋めるのが「情報共有」ではないか、と思います。ただ、情報共有だけでは何も起こらない。ある情報に接した時、感想なりアクションなりが発生する。そういった事実の積み重ねが、仕組みづくりに発展する。逆に言えば、感想なりアクションなりが発生しない情報共有は、意味がない。それこそ情報共有の仕組み作りが大事なのでしょう。

いろいろ経験を積んで、経験を共有して、家庭を作っていく。当たり前のことかもしれません。

こちらもご参考までに。妻がファンなので、応援がてら。

王子と赤ちゃん
王子と赤ちゃん

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講談社
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自分だけの断片、まとまり、つながり

厳しい本でした。でも、いい本でした。

ズボラな僕がEvernoteで情報の片付け達人になった理由
倉下 忠憲
シーアンドアール研究所 (2016-02-26)
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この本は、題名にあるソフトの画面のハードコピーが一つもない、という、ある意味とんでもない本ですが、当該ソフトのマニュアルではなく「頭の中の整理術」という目的で読んでみると、すごくいい本でした。

頭の中の整理の要点は、たった2つ。

・自分にとって意味のある「断片」をいっぱい作る。最低500個は作る。
・それらを、「ある枠組み」でまとめる。あるいは、つなげる。

この本は、その断片の作り方、まとめ方、つなげ方の手がかりがいろいろ書いてあります。当然evernote独特の機能も書いてあります。個人的には、「階層」があえて深くできない仕組みにしているevernoteのシンプルさに好感が持てます。

ただ、「ある枠組み」は、自分にとっての最適な枠組みは、

「例えばどんなものですか?」
(略)
「ちょっとは自分の頭で考えなさいよ」

そう、最後は自分で考えるしかない。厳しいです。でも、ここだけは譲れない。なぜなら、

人生の主役は、evernoteではなくあなた自身です。その点はぜひとも記憶しておきたい

からでしょう。Googleも脇役でしかない。場合によっては、全く役に立たない。だから、がんばれ。
とにかくまずはやってみる。自分の頭の中を断片の形でさらけ出してまとめてみたとき、大きく自分の頭の中を占めているもの、あるいは自分の中のネットワークが見えてくる。で、こんなものではないはずだ、と試行錯誤することこそ自分にとっての最適な断片なりまとまりなりが生まれてくるのでしょう。

もうひとつ、この本を読んで感じたのは、実は「断片を作る」ところがある意味最大のヤマではないのか。

「断片」とはいえ、それ自体すでにひとつのまとまりなのです。ただ、断片をまとめたりリンクを張るのとは決定的に違う要因がある。リンクはアルゴリズムがある程度やってくれる(evernoteにもその機能があります)が、断片を作ることまではアルゴリズムがやってくれない。自分の頭の中の最低単位を作るのは、自分しかできない。

これはきついです。最初の一歩を踏み出すのが一番きつい。でも、できたらうれしい。焦ることなく、少しづつ積み上げていったとき、何か面白い相乗効果が生まれるような気がします。

このブログも、そんな断片のひとつなのかもしれません。

「余裕」は、多様性へのチケットである

この記事は、下記企画のコラボ記事です。

今年もやります!世界自閉症啓発デーコラボ企画参加者募集!

毎年4月2日は国連が定めた「世界自閉症啓発デー」だそうです。最近知りました。

★細かい障害区分は一般の方にわかりにくいので自閉症だけでなくADHD、LDなどを含む発達障害全般を対象にしたいと思います。自閉症啓発デーですが発達障害啓発週間でもあります。

ということなので、一言。

 私の妻は何らかの障害を抱えています。診断する医者により不安神経症とかADHDとか適応障害とか言われていますが、とにかく何らかの「生きづらさ」を抱えています。私と二人の子供は、今のところ特に変わった点はありません(と、私は思っています)。

 妻は、ある種の「困難」に直面すると、体が動かなくなります。単に寝込んだり、具体的な病気になったりとパターンはいろいろですが、とにかく動けなくなります。で、この「困難」のレベルは、通常の人に比べて低いです。家事育児が常に全くできないというわけではないので、軽度なんだろうと思いますが、私が残業をほとんど取らず、頻繁に(直近1年では20日以上)休みを取ってかなり時間を取らないと家が回らないレベルではあります。

 そんな妻と数年接して、気づいた点が2つあります。

 ひとつは、本人のみならず接する人々にとっても、最も必要なものは「余裕」である、ということです。特に時間的、空間的、そして精神的な余裕。

 私は幸いにもこれに恵まれました。この数年で仕えた数人の会社の上司全てが、私の家庭の事情を理解して、余裕を生み出すような配慮をしてくれました。同僚も「妻が病気がちである」というある意味いい加減な説明だけで配慮してくれています。本当にありがたい、と感謝しています。

 もうひとつは、妻のような身近でそのような障害を持つ人に接することで、人の多様性、という大切な視点を体感できている、ということです。

 これは、聞いたり読んだりするだけでは得難い感覚かもしれません。ただ、無理してそういう人の側にいなくても、親族なり友人知人なりでそういう人はままいるものです。例えば私は、妻の他に親族内に自閉症のお子さんがひとりいます。自閉症やなんらかの障害を持つ人、というのは何も別世界の話ではなく、意外に身近にあるのではないかと思います。

 何かのきっかけでそういう人の存在に気づいたとき、そしてなんらかの配慮の必要性に気づいたとき、多様性へのチケットを獲得する。その気づきのためにも必要なのは「余裕」です。

 今は世の中の変化が激しすぎて、なかなか「余裕」を持つことが難しいかもしれません。ただ、そこを乗り越えたとき、多様性という、変化に適応できる大切なものを得られるような気がしています。

 妻よ、ありがとう。

 こちらも、ご参考までに。
 私たちはあなたの身近で生きています。世界自閉症啓発デーに寄せて