「拠って立つ処」のためのメインテナンス(3)

前回の続きです。

ストレスと適応障害 つらい時期を乗り越える技術 (幻冬舎新書)
岡田 尊司
幻冬舎
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前回、ハマってしまったストレスからの脱却法として、受動的コーピングと、能動的コーピングがある、と申し上げました。今回は、後者。

能動的コーピングは、実際に行動を起こし、原因となっていることや周囲に働きかけることによって問題を解決し、ストレスを減らそうとする。自分の主張や考えをはっきり伝えることも大切な能動的コーピングであるし、人に相談したり専門家に助けを求めることも能動的コーピングの方法である。

能動的コーピングはこの本の最後の章で述べられていますが、私が印象に残ったのは「まず、言葉ありき」。

人が変化するとき、それに先立って変化しようとする意思を語るようになるということだ。言葉が変わると、行動も変わる。依存症とか引きこもりの人たちの治療をしていると、このことがよくわかる。

これは私自身の経験からも大いに賛同できる点です。妻が不調から回復するときには、必ずと言っていいほど「○○したい」という言葉が出てきます。言っている時点では不調が継続しているにも関わらず、です。私はこれまで1年以上ブログをやっている最中にも精神的にきつい時期がいくつかありましたが、「ブログを書きたい」と思ったらその不調の原因が消えたりもしました。

ただ、単に待っているだけでは変化を示す言葉は出てきません。やはり何らかの「きっかけ」が必要です。何かのイベント、気候の変化(暖かくなる)、生活環境の変化(子供が何か新しいことを始めたり、家族が緊急的なサポートをやったり)といったものです。

そのきっかけとの一つして筆者が指摘しているのが「仮定の質問」です。何らかの困難な点がもし消え去ったと仮定して、何がしたいですか? あるいは、何らかの困難な点がもし消え去ったとしたら、何が変わったからだと思いますか? と聞いてみて、そこを糸口にする方法です。

これはストレスからの脱却「前」に行うものとして述べられており、ハマれば非常に効果的かと思いますが、私の経験から申し上げると、脱却「後」に聞いてみるのも効果的なのではないかと思います。体調悪化の時期を何とかやり過ごした後に「何が変わったと思う?」と聞いてみるのです。もちろん回答は一つではなく、いくつか出てくるでしょう。

私も妻も、体調が良くなったり悪くなったりを繰り返すので、その時に自分が話した言葉を一部でも覚えていてくれれば、次の体調悪化時に役に立つかもしれない。回復したら「ああ良かった」で終わるのではない。振り返って、何が起こったかを自分の言葉で言ってみる。メモしたりすればなお効果的かもしれませんが、まず言葉で表現することで、メモをしなくても自分の脳に何らかのインプットが残るような気がします。

ささいな言葉の変化をとらえ、より良い方向に持って行く。そのためにはやはり日頃の感度を高めるメインテナンスが重要なのかもしれません。毎日何かをメモして日記に書きつける、というのも有効でしょう。でも、そう簡単にはできない。無理する必要もない。ただ、どこかにそんなメモを書き付けるスペースを物理的にも精神的にも持っておくだけで、何かが良い方向に変わるような気がします。

「拠って立つ処」のためのメインテナンス(2)

前回の続きです。

ストレスと適応障害 つらい時期を乗り越える技術 (幻冬舎新書)
岡田 尊司
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この本では適応障害を深刻化させないための方策が、具体的な例とともに書かれています。学校、職場といった場面別でも説明されています。

ところが、どうやってもストレス発生を防げない場合がある。一番分かりやすい例が、子育てそのものが適応障害の要因となる場合です。学校や職場と違って家族をやめるわけにはいかない。拠って立つ処が少なくなることが避けられない。

では、どうすればいいのか?

この本では最後の2章を使って、はまってしまったストレスから脱出するための方策のさわりが書かれています。「受動的なコーピング」「能動的なコーピング」に1章ずつをさいています。

受動的なコーピングとは、何かストレスになることがあったときに<略>その出来事の受け止め方(認知)を適切なものにすることでストレスを減らそうとするものである。受動的なコーピングの身近な例としては、聞き流すとか、気にしないようにするといったものだ。

この受動的コーピングのひとつの手として、自分に自信を持って、人の言うことは気にするな、と筆者は指摘します。

自分が最善と信じる行動をとるためには、日頃から自分で判断し、行動する習慣をつける必要がある。つまり、周囲の評価や結果ばかりに左右されない生き方をすることになる。それは、心が折れることから自分を守ることだけでなく、自分らしい本来の生き方にもつながるのだ。

ここでも、メインテナンスです。日々、自分自身を見つめ直す。そして、私はこれを読んで、ネットを見すぎるな、と解釈しました。自分に自信がなくなるのは、単純に入ってくる情報が多すぎるからではないか、という気がします。知らなきゃヘンな考えを起こさずに済むのに。それにネットばかり気にしていては、自分自身をメンテする時間が取られてしまう。

ただ、そうはいっても子育ては難しいと思います。自分に自信がないので満足に子供に接することができない。そして子供からは不満のフィードバックが山のように来る。この悪循環をどう断ち切ればいいのか?

ここで思い出したのが、「救命用具」です。緊急時の救命用具は、まず大人がつけてから子供がつける、というのを聞いたことがあります。大人の安全が確保できないまま子供に救命用具をつけようとしてうまくいかずに共倒れになるリスクを回避するためです。
そのような救命用具、あるいは脱出手段を常に確保し、メインテナンスを忘れないようにすることが、最悪の手段を防ぐ第一歩のような気がします。

そして、もう一つ大事なことは、完璧主義にハマらないこと。

実際に完璧主義な人は、適応障害を起こしたり、うつになりやすい。百点を目指していると九十点でも、不満足な結果でしかない。<略>百点ではなく五十点で満足する。みんなから評価されることを期待するより、自分を評価する人もいれば、評価しない人もいて当然だと思う。

やはり適応障害は真面目な人がなりやすい、ということがわかります。サボりたい人が完璧主義なはずがないからです。例えば、ちゃんとした食事を用意したいのに、体が動かない。そこを無理してなんとかやろうとする。私の妻が何度もハマってしまう状態です。頭の中ではやりたいのに、体は(おそらく心も)拒絶している。

もともと私は妻の食事の質に注文をつけたことは一切ありません。しんどいことは、一目見ればわかる。私だけでなく、子供もわかっている。何もわからない乳児ならともかく、4歳位にもなれば「おかあさん、だいじょうぶ?」ぐらいのことは言えます。これは危険信号です。ただちに「救命用具」が必要な状態といえるでしょう。

この項、続きます(次回で最後です)。