チェックリスト 今そこにある安全網(3)

前回の続きです。

この本にADHDに関する直接の言及はありませんが、今回はADHDとチェックリストの話です。

先日、とあるきっかけでADHDの方の話を聞く機会がありました。その方は大学院を出て某会社に就職後、2年ほどで退職。その退職前後にADHDと診断され、障害者手帳をもらい、今は2番目の会社で働いておられます。

で、その方は、まず1日の業務を開始する際、必ず「今日やることリスト」を作成します。だいたい1日3項目以内におさめて、絶対に増やしません。仕事が回らなくなるからです。職場の方は当然彼がADHDだということは知っているので、しかるべき配慮はしているのですが、それでも1日の業務の中で頼みごとが出てきます。その場合は、必ず「これからリスト」のようなものにメモを取って、頼まれたことを忘れないようにしているそうです。

この話を聞いてなるほどなぁ、と思ったことが二つありました。

一つは「今日やることリスト」です。これはまさにチェックリストです。チェックリストというのは、項目が限定されています。この本にはチェックリスト作成のためのチェックリスト、というのがあるのですが(英語版が公開されています)、そこには「一つの一時停止点でチェックするのは9項目以下」と明記されています。これだけやったら今日は終わり、と明記されていることは、大きな安心感に繋がります。これが項目が限定されていなければ、安心はできません。チェックリストが安全網たるゆえんの一つです。

もう一つは「これからリスト」です。これは項目が限定されませんので「チェックリスト」ではありません。際限なく増える可能性はあります。ただし、これは頼まれたことを忘れないためのリストです。必ずしも自分が全部やると決めたわけではありません。また、ここにリスト化することによって、逆に一旦忘れることができるのです。これは特にADHDの方にとって重要です。

つまり、何かを頼まれている、あるいはやらねばならないことが頭の中に残ったままだと、それだけで頭の中がとっちらかる可能性が飛躍的に増大する。だからこの方の仰ることはとてもよく分かる、と(軽度のADHDである)妻が指摘します。特に今の時期(年末)はやるべきことがいっぱい頭の中にあり、それが日常生活を阻害するのだ。なんとかならないのか?と思っていた。では、まずは書き出してみたら?となりました。

この時期、妻の頭を悩ませる大きな家族行事が二つあります。一つは年賀状、一つが年末年始の帰省です。ともに準備にかなりの作業を要する大きなプロジェクトです。まずはそれぞれを細かい作業に分解し、これらを週ごとに割り当てていきます。つまり、頭の中をある程度可視化しただけでなく「今週やることリスト」まで作ったのです。これを作ることで、ある程度は不安な気分がおさまったと妻が言っていました。

これさえやれば今週は終わりであって、それから先はやらなくていい、という安心感。これが特にADHDの方には大切なような気がします。思いついたらすぐやらないと気が済まない、という傾向があるように思えるからです。今やらなくていいことをやらずに済む、もうひとつの安全網が、ここにあります。

この項、続きます。

チェックリスト 今そこにある安全網(2)

前回の続きです。

先日、とあるメルマガに、こんな一文がありました。

カイジに出てくる綱渡りならぬ、鉄筋渡り。もし、あの鉄筋の下にセーフティーネットを貼ってくれるなら、参加者は50万円くらいは簡単に支払うことに同意するのではないか。でも、もしそれが平べったい地面を歩いているとき、あるいはせいぜい30cm程度の高さの場合には「考えられない」ことだろう。

私はカイジを読んだことがないのですが、安全網の重要性を認識できる、わかりやすいたとえです。この「高さ」を「複雑さ」に置き換えて考えて考えてみましょう。この本の中に複雑さのわかりやすい例えが出てきます。

世の中の問題は、三つに分類できるという。
一つ目は「単純な問題だ」ケーキの焼き方などがこれにあたる。(略)
二つ目は「やや複雑な問題」だ。ロケットを月に飛ばすのはこれにあたる。(略)
三つ目は「複雑な問題」で、子育てがよい例だ。(略)経験は有用だが、それだけでは不充分だ。

筆者は「やや複雑な問題」にあたるビルの工事現場を見学し、二つのチェックリストを発見します。ひとつは、個々の膨大な作業のチェックリスト、もう一つは「提起スケジュール」と呼ばれるチェックリストです。これは何月何日にこれこれについてみんなで話し合う、ということ書かれています。なにか想定外のことが起こった場合、コミュニケーションの場を確保して、解決にあたります。

あるプロジェクトを進める際、事前に万全の準備をしていたとしても、やっている最中に問題は必ず起こる。「提起スケジュール」は、そういう認識のもとに存在します。問題が発見されたとしても、深刻化する前に手を打っておく。まさに「安全網」です。多くの人の知恵を借りた安全網。それが、もう一つのチェックリストです。

この経験をもとに、子育てのような複雑な問題への対応こそ、チェックリストが必要不可欠であり、チェックリストという形を用いることにより、より良い判断ができるのではないか、と筆者は指摘します。

さて、子育てにおいてチェックリストが有効と思われる2つの場面を考えました。一つは日々の活動に対するもの。例えば子供たちの学校や幼稚園に行く前に確認すべきことのチェックリスト。これは「持ち物リスト」ですね。単純ですが、学校は時間割があるので持ち物は毎日変わります。行事も頻繁にあります。バカにはできません。

もう一つは、大きな原則に関すること。例えば、子供にある新しい習い事をさせるかどうか考えるときに考慮すべきことのチェックリスト。ある時点で新しい習い事をさせたい、と思ったとする。大きな教育方針の変更です。その場合、まず相談スケジュールを設定する。そして考慮すべき項目を考える。お金、時間、我が家の教育方針。いろいろあるでしょう。これらを明記して意識しておくことが大事なのかもしれません。

いずれにしても、ひとりではできせん。最低限家族内のコミュニケーションはとって、いろいろな知識や見方を反映させたほうがいいのでしょう。でも、家庭内会議ですから、大人は二人。お父さんとお母さんしかいません。大人数の大人が関わる工事現場とは違います。孤独かもしれませんね。

この項、続きます。

チェックリスト 今そこにある安全網(1)

最近、いろいろな場面で「タスク管理」について考えることが増えてきました。そこで、まずこの本を読み返すことから始めてみました。

原題は”Checklist Manifesto”、チェックリスト宣言。チェックリスト自体を主題にした本はあまりないと思います。2011年に出版されて、私の持っているのは翌年発行の4刷。日本ではあまり目立っていませんが、アメリカでは大ヒットしたそうです。

で、久しぶりに読んでみて、買って読んだ時にはほとんど気づかなかったキーワードが、今回浮かび上がってきました。

人間の記憶力や注意力には限界があるので、見逃しやミスはどうしても起きてしまう。チェックリストはそのような失敗を防いでくれる安全網なのだ。

そう、安全網。

一見ディフェンシブな感じのするこの言葉の意味するところを深く考えたとき、タスクを整理し、チェックリストにまとめる意義の深さに思い至りました。

とはいえ、誰でも思うわけです。チェックリストなんて、いらない。そんなのあたりまえで、言われなくてもわかってる、と。

この本は、本業が外科医である著者が、WHOと協力して「手術を安全に行うためのチェックリスト」を作る話をメインに進行します。苦心してチェックリストを作り、全世界的なテストにおいてこのリストが効果をあげたことが証明されます。ところが、

正直に白状すると、チェックリストなんて意味がないと思っていた。他の人ならともかく、私の手術にそんなものが必要なわけないじゃないかと。

だが、私は間違っていた。(略)つい先週も、五回の手術で三回助けられた。

200ページを超えるこの本のわずか数ページしかない最後の章、その冒頭の一節です。この章の日本語版のタイトルは「助かった!」(原題はThe Save)。実際に「助かった」例がこの一節の後、いくつか出てきます。

安全網って、普段は意識されません。それどころか面倒くさいもの、あるいは邪魔なものと認識されかねないものです。チェックリストのベストセラーを書いた著者自身でさえこうなのです。いかに意識するのが難しいかがわかります。

しかし、チェックリストの有効性は、命がかかる手術の現場で、ビルの建築現場で、飛行機の操縦席で、証明されています(あの「ハドソン川の奇跡」の話がこの本にも登場します)。命がかかるとまでは言わないけれど、普段の生活でも、子育てでも、大いに役立つような気がしています。

この項、続きます。