生きていく定め、との闘い

「人の一生は、重き荷物を負うて、遠き道を行くがごとし」という先人の遺訓が思い浮かびました。

LIFE SHIFT(ライフ・シフト)
リンダ グラットン アンドリュー スコット
東洋経済新報社
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正直、読んでてつらい本だと思いました。
100年の寿命を持つ人が増えていくこの時代に、60ぐらいで仕事を辞める生き方は、明らかにふさわしいものではない。では、どうすればいいか?という疑問に応えた本です。

一読して、まず思ったのは、筆者の想定する社会は、果たして持続可能なのか?ということでした。前著WORK SHIFTを読んでいても思ったのですが、筆者の理想とする生き方なり働き方なりができる人はごく少数であり、大多数は単なる「無限地獄」に陥ってしまいかねない。そんな社会が持続可能なのか?

筆者は、大丈夫だ、と言いきります。一人一人が変わっていけば、そのうちみんな変わっていく。すごいポジティブシンキング。正直、これはついていけない…

このように思う、私のようなちょっとへそ曲がりの方は、前半をすべてすっとばして、第9章「未来の人間関係」から読み始めるといいかもしれません。私がこの本に引きつけられたのは、

本書では、長寿化時代に人生の選択肢が広がる側面に光を当ててきた。しかし、相変わらず融通が効かない要素が一つある。それは、女性の妊娠可能年齢だ。

この一節を読んでからでした。「死すべき定め」で大きく取り上げられた認知症でさえ(すごく乱暴に言えば)長期的にはなんとかなる、とスルーした筆者が、変えられない、と指摘したポイント。長寿社会の中で「生きていく定め」と闘うための隠れたキーポイントは、実はここにあるような気がします。

そこから家族の行く末を考え、人生の多様化を求める人が増えて行くことを考え合わせれば、「核家族」が減少して「大家族」が増えていくのではないか、という筆者の予測は卓見だと思います。

思えば、工業化が進行し、標準化と効率化が何よりも重要視された社会、というのは、せいぜいこの100年ぐらいの限られた期間における傾向なのかもしれません。核家族化の進行もそのなかで進んできたのですが、特に子育てしている人にとって言えば、核家族だけで全てに対応するのはちょっと「持続可能」とはいえない。だから「大家族」の復活というのは、昔に戻れ、ということではなく、また新たな段階に入った、といえるのでしょう。

また、長寿化にとって最大の課題は経済面ではなく、むしろ「無形資産」のメンテナンスだ、という筆者の主張にも頷けるものがあります。もちろん経済面の問題はこの本でも大きく取り上げられてはいるのですが、「無形資産」の問題はさらに大きい。家族、仲間、健康、知識。金がなくなっても人がいれば復活できる、という話は古来よく言われることでもあります。そして、

本書ではこうした問題を検討し、どのような未来が待っているかを論じてきた。しかし、「私は何者か?」「私はどのように生きるべきか?」という問いに答えられるのは、結局のところは本人しかいない。人生が長くなれば、これらの問いは無視できないものになる。

結局のところ、「生きていく定め」との闘いでも、最も大切なのは、一貫性なのかもしれません。「死すべき定め」と同じように。

死すべき定め、との闘い(2)

前回の続きです。

死すべき定め――死にゆく人に何ができるか
アトゥール・ガワンデ
みすず書房
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この本を読んで、特に気になったのは「家族」の存在です。ガンのような死に至る病を受けて、一番頼りになるのは、やはり家族でしょう。病状が進行して自分の意思を話すことができなくなれば、家族のサポートなしに生きながらえることができないし、本人に代わって家族が治療方針を決めることになります。さらに言えば、さほど病状が進行していなくても、家族が治療方針に与える影響は少なくありません。

家族を苦しめたいと思う患者はいない。ブロック医師によれば、おおよそ三分の二の患者は、大切にしている人から望まれれば、本人にとしては受けたくない治療でも受けてしまう。

この筆者の指摘は重要です。家族は患者本人を助けるどころか、結果的に反対のことをやりかねないのです。患者本人が家族のためを思って頑張ってしまうことが往々にしてある。そしてみんなにとって不幸なことに「寿命を縮める」という逆の結果を生みかねない。そのならないようにするために、家族は何ができるのか?これは常に考えておかなければならないのかもしれません。

そして、もう一つ。患者が頑張ってしまう最大の理由は、家族が、あるいは患者自身が「死すべき定め」を受け入れられないことです。そこで重要なのが「方向転換」です。関係者一同が納得すべき、大きな進路変更です。

化学療法が無効になったとき、(略)、自分で着替えができなくなったとき、そんなときにすべての人にとって必要な会話である。このような話し合い、方向転換がいつ必要なのかを決めるために行う一連の会話をスウェーデン医師は「ブレーク・ポイント・ディスカッション」と呼んでいる

「一貫性を求める」ということは、すべてのことを突っ張るのではない。全く逆に「あきらめる」あるいは「受け入れる」ことで、かえって薬の量や医療費が減って、かつ長生きするということ。これは感覚的な話ではなく、事実によっても裏付けられている、と筆者は指摘しています。もちろん、この方向転換をいつ、どのようにやるかは、とても難しい作業です。人によって「答え」が異なるからです。それでも、それを乗り越えてこそ「良き終わり方」を成し遂げることができるのでしょう。

自分の人生に限界があることを自覚するようになると、人はあまり多くを求めないようになる。(略)可能なかぎり、世界での自分の人生の物語をそのまま紡ぎさせてほしいと願う

これこそが「一貫性」なのでしょう。私はまだまだその境地に達していませんが、実はここに「シンプル」という視点が含まれているような気もするのです。