第2のキーワード「子育てパパ」:恵まれてるのに、孤立感

第2のキーワード「子育てパパ」についてです。これについては、私はちょっと特殊な位置付けかもしれません。すなわち「個人的にはある程度のサポートを受けられているのに、精神的にはすごく不安」ということです。

私は昨年度1年間、年休はほぼ100%消化、しかも残業もほとんどありませんでした。ただし、これは私がイクメンだからではなく、そうしないと家事や育児が回らないからです。妻が専業主婦であるにもかかわらず。

妻がとにかくよく体調を崩すので、私が代わりに対応せざるを得ない。妻の実家が遠く、私はすでに親がいないので、こういうときの負担は、かなりの確率で私が食らいます。たしかにママ友を頼ったり、ベビーシッターを手配したりもしてます。ありがたいことに、私の勤めている会社はベビーシッターへの補助をつけてくれます。それでも、朝起きたら妻が急に体調不良になっていた、という時はさすがに私が対応するしかない。それが毎月平均2、3回は発生するのです。

また、そういう突発年休を許してくれる会社にも、感謝しています。子供が産まれて以降も職場を何回か移り、数名の上司に仕えてきましたが、家族対応での突発年休をダメと言われたことや、その後何かいちゃもんをつけられたことは、一度もありません(同僚からも同様)。これはたまたま上司や同僚に恵まれたという問題ではなく、ある意味社風なんだろう、と思います。

ところが、周囲を見渡すと、年休を取っている人がほとんどいない。うちの会社は育児支援制度は比較的進んでいる方だと思いますが、女性はともかく、男性で活用しているのを見かけたことがほとんどない。ネットではよく目にするのに、私自身は(やむを得ずとはいえ)活用しているのに、このギャップはなんなのか?

さらに、私がかなりの晩婚だったこともあり、個人的な友人でも、小さい子どもを抱えるパパの苦労を共有できる人がいない。妻がADHDという人もいない。そんなわけで、表面上は明らかに恵まれているにも関わらず、孤立感を感じるのです。この孤立感をなんとかしたい、と思ったのも、ブログを始めようと思ったきっかけの一つです。

第1のキーワード「ADHD」: 簡単にテンパる、ということは‥

昨日、3つのキーワードを書きましたが、今日はその一つ、ADHDについて取り上げます。

私の妻は、自称ADHDです。今のところ、正式な診断がされたわけではありませんが、本人もそのうち受けようか、とは思っているようです。とにかく、以前から「片付けられない人」という意味でADHDだと私に申告していました。

また、物理的に片付けられないだけでなく、精神的にも頭の中が整理出来ない、つまり「簡単にテンパる」のです。突発であろうと事前に予定されたことであろうと、とにかく重い対応が必要となる事柄が重なると、簡単にテンパってしまいます。

ところで、妻は体が弱く、ストレス耐性も低いです。 何かのきっかけで、簡単に体調が悪化する。これが何を意味するかはおいおい申し上げますが、とにかくこれは単純に妻の体力や精神力の問題でありADHDとは別問題だ、とつい最近まで思っていました。

しかし最近になって、体調の悪化と、ADHDにより「簡単にテンパる」ことがリンクしている可能性がある、と思い至ったとき、これは大変なことだ、と考えるようになりました。

ADHDは脳のある機能不全から起こる障害の一種だそうです。つまり、妻はやりたくても本当にできないことがある。その障害が一生ついて回るのだとしたら、これは対処療法で済むはずがない。根本的に生活全般の考え方を改めなければならない。妻自身はもちろん、いっしょに暮らす私も。

最近になって「大人のADHD」が注目されるようになりました。ADHDの方自身が書かれるブログも見かけるようになりました。しかし、大人のADHDを家族に持つ人のブログ、というのはまだあまり見かけないような気がします。これから時々ADHDにかかわる記事も書いていきますが、そういう方々へのご参考にもなれば幸いです。

はじめに:明るい未来へ

はじめまして。K.Tanabeと申します。
これから「simple and bright」というブログを始めます。よろしくお願いします。

ブログを始めるにあたって思いついたキーワードが「シンプルな考え方」「子育てパパ」そして「ADHD」でした。一見何の脈絡もないように見えるこの3つのキーワードが自分の中でつながったのは、つい最近のことでした。

私は二人の子供(3歳と6歳)の父です。もちろん家族のことは大好きですが、家族たちに尽くせば尽くすほど、なんとなく「生きづらさ」を感じるようになってきました。

真面目な子育てパパなら少しは感じるかもしれないけれど、なにかおかしい。がんばればがんばるほど、楽になるのではなく、しんどくなる。しかも孤独感までついてくるのはなぜなのか?こんな疑問がこのブログを始めるきっかけになりました。

これから私は、先の3つのキーワードとともにいろんなところを探索していきます。目的地は、「明るい未来」。すごく漠然としてますね。今は正直自分もうまく説明できません。ただ「生きづらさ」を感じないところ、とは言えそうです。「生きづらさ」を全く感じなくするのは無理かもしれないけど、少しでも近づけたら、と思います。