ちゃんとやらなきゃいけない症候群、への対処

もうちょっと「安全地帯」のことを書きたいなぁ、と思ってたら、こんな素晴らしいブログを見つけました。

【終わり時間が来てもやめられない娘と、それを責める私】 – なんだなんだ、そうだったのか 

母(ブログ主)と娘さんがともにADHDという方のブログです。

ADHDかどうかに関係なく、日本人って「ちゃんとやらなきゃ」という意識がすごく強い。しかも、その傾向が年々強くなっていると思います。理由はよくわかりません。ただ、対応策をしっかり考えないと自分と家族の人生をぶち壊すような気がしてならないのです。

といっても、私も解決策を見つけたわけではありませんが、とりあえず二つの糸口があるのではないか、と思っています。

ひとつは「安全地帯」を作ること。

「この子はねえ、すごいんだよ、何がって妄想力が。作品の出来がいいとか、ちょっと芸術的にすごいもの持ってる、とか、そういうのはあるかないか知らないし、別にどうでもいい。でも、糸鋸やってね、っていう時間におがくずをひたすら集めてるとか、ドールハウスの住人に良さそう!ってガラクタをひたすら選り分けてるとか、もうね、それが一番大事なんだよ。」

このようにおっしゃる工芸教室の先生(ブログ主のご友人)は、素晴らしいと思います。

世間は、どうしても時間とか効率とかに縛られてしまう。でも、そんなの関係ない!とズバッと言い切れる「場」を持つことってすごく大事だと思います。
世間の、なんとなく「ちゃんとやらなきゃ」に流されない、まさに安全地帯。そういうのはきっと会社とかではなく、芸術的なコミュニティに近いところにあるのかもしれません。

もう一つは「ちゃんとやらなきゃ」の根拠を疑うこと。実は、ちゃんとやらなきゃ、の根拠が必ずしも明確ではないような気がしています。

例えば、人様に迷惑をかけるから、という理由はよく聞きます。ところが迷惑をかける、というのは、かなり主観的です。基準は、自分が何をやったかではなく、他人が「迷惑と思うかどうか」の一点のみです。
でも、あの工芸教室の先生のような方もおられる。自分も、変われるかもしれません。まわりの環境や状況にもよるでしょうけど。

さらに言えば、その「迷惑ではないか?」という行動は、そもそも何のためにやっていたのか?を客観的に考えることではないか。
例えば、何かが時間内に終わらないとする。そうすると、具体的にどういう影響があるか?を冷静に考える。ゼロではないが、後でリカバリー可能だったり、そもそもゼロだったりすることもあるかもしれません。
「○○さんの言う通りにできなかったから、ダメだった」とよく思ってしまう。実は「できなかった」ことと「ダメだった」ことの間にはかなりのステップがあるのに。

むしろ本当はもっと自由にやりたいし社会から押し付けられる常識やルールへの抵抗も大きいのに、自分の基準に自信がないので、ひとえにその不安から、社会から求められる「ちゃんとしている」に、過剰に縛られてしまっているのです。

このようにブログ主さんがおっしゃるように、ADHDの方は特に大変なのでしょうけど、これはこの傾向が強い日本人全体で考えないといけない問題のような気がしています。

もちろん、私も含めて。

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